『椿の花咲く頃』は、
恋愛ドラマだと思って見始めると、 気づいたときには、心をガシガシと引っ掻かれている。
そういうドラマだと感じました。
『椿の花咲く頃』
偏見と優しさが、同じ場所に、同じ人の中にある町
舞台は、みんなが顔見知りの田舎町・オンサン。
噂が広まるのが早く、
よそ者への偏見を隠そうとしない町。
でも、そこにいる人たちの中に、確かに優しさがある。
その優しさと厳しさが
同じ場所に、同じ人の中に…ある。

田舎町独特の雰囲気ですよね…
ドンベクは、韓国ドラマらしくないヒロイン?
韓国ドラマには、強いヒロインが登場することが多い。
でも、ドンベク(コン・ヒョジン)は違います。
最初は、どこか小さく見える。
偏見を向けられても、声を荒げるより先に身を縮めてしまうような——
その「弱さ」が、物語が進むにつれて、変わっていく。
まっすぐに、ではなく、
間違った方向に踏み出して、また戻って…

強くなるというより、
自分の芯を、見つけていく…
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※ネタバレなし※ それでも、忘れられないシーン
このドラマで、忘れられないシーンがあります。
画面を見ながら、あ、と思った。
声じゃなくて、体の奥のほうで。
うまく説明できないけど——
あの瞬間のドンベクは、ドンベクじゃなかった。
オンサンで語り継がれるような、何かだった…!

ヨンシク(カン・ハヌル)は、ドンベクのこと守りたかったのだけど…
このセリフがすべてを物語っています!
連続殺人犯よりも、愛する人を守れないことのほうが怖いとつぶやくドンベク。
この言葉が出てきたとき——
震えた、というより
静かに、何かが落ちてくるような感覚がありました。
重いのに潰されない理由——血が通ったエピソード
人間関係、恋愛、不倫、お金、正義、親子——
このドラマが突きつけてくるものは、本当にたくさんあります。
それでも重さに潰されないのは、
一つひとつのエピソードに、血が通っているから。
説明ではなく、体温で語られる物語たちが
積み重なって、オンサンという場所になっていく…

私が韓国ドラマが好きな理由。
重いはずなのに、見終わったあとに残るものがあるのですよね~
ドンベクとジョーカーの違いから、「原因自分論」を考えた
もう一つ考えたことが、
ドンベクとジョーカーの違いです。
ジョーカーは、自分のしたことを人のせいにして殺人を許容していた。
でも、ドンベクは相手がしたひどいことに対して、まず自分で受け止めて、考えて、
そして行動に移してゆく。
そのせいで、苦しむこともある。
間違うこともある。
それでも——人のせいにしていては、前に進めない。
「原因自分論」という言葉が、頭に浮かびました。
好きな言葉です。

それにしても…
内容は現代のドラマなのに、
どこかノスタルジックな気持ちになるのはなぜだろう。
オンサンの空気なのか、人々の体温なのか——
うまく言葉にできないけど、確かにそこにある感覚。
だからこそ、
苦しいのに、
どこかあたたかい。


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